notes posted by Nakano

風景や情景、何が見えて何がそこに映ってるのか、
単純な言葉で表現することは簡単だけど
作家はそれをどういかに深く考えさせる言葉にするか
プロフェッショナルとして当たり前にやるか。
小説を書きを続けることは「修行」であり
「修行」を重ねることで精進していく。
うる憶えだけどこんな感じで
小説家の保坂和志さんがこの前NHKラジオでしゃべっていた。
(保坂さんの小説は残念ながら、僕は全部読み通せない)

なるほど、それはどんな職業、職種にも当てはまり
僕らデザインに関わる人たちも
「修行僧」のようにコツコツとやってるのではないかと。
発注され注文され、まかせられてどう
コミュニケーションとしてデザインを取り入れるか。
デザインは修行である。

先日ある海外のグラフィックデザイナーのサイトに刺激を受け、
たまには発注なしでデザインをしてみたく自分デザインをしてみた。
時間あったらストック作ろうっと。(たぶん)
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オリンピックでみんながんばってる。
毎回スポーツ選手に敬服するのは
4年も8年も12年も賭けてその一瞬のために練習し続けること。
そのモチベーションの持続は並大抵ではないのでは。

そういう、アスリートと違い
僕たちの仕事は割と早めに結果がでることで
モチベーションは何年も続けることは少ないし、
デザインや印刷やウエブなど打ちあわせをしてる間に、
仕上がり感が想像できてたり
以外とせっかちな人の性格には向いている。

グラフィックって、建築やプロダクトと比べ
一般に目に触れる時間が少なくて残念だから
後に残る仕事がいいなと思う。
(大成建設の「地図に残る仕事」のような)
オリンピックのポスターなんか何年も前のものも残ってるし。
印刷して残したり、本に掲載されたり、額装したりとかで
何かを残したい。
その目的やなんでかは、今はわからないけど。

今年のJAGDA日めくりカレンダー365に出した。
ちなみに日にちは選べなかった。過ぎてしまった2010.2.18
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悲しいことに「デザインの現場」が2010年4月号をもって休刊する。
1984年〜デザインのバイブルとして長く活用させていただき
今現在も買ってるし、ちゃんと保管してるのに。ああ。

以下の写真は2号目でまだ 別冊美術手帖 となってる。
なつかしい資生堂NUDAの広告のプロセス。コンパスや雲形の使い方まである。
今までの技術や考え方の蓄積となり、肥やしとなってることには間違いない。
内容はじつにわかりやすく細かく、確かに「現場」を伝えてくれ
自分のやってることに対し間違いじゃないことの再確認をさせてくれる本だった。

デザイン系の雑誌や本が次々となくなる。
僕はいつまでも紙に印刷されたもので知識を得たいのに。

この文章はある雑誌○○デザインの編集者が書かれたもの...。

----- 私は、この電子書籍リーダーに大きな期待を抱いている。まず増え続ける我が家の蔵書をぐっと圧縮できるのが嬉しい。(中略) 電子書籍リーダーは、狭い家に住む日本の読書家にとっては間違いなく福音と言える。電子書籍を購入することになり、その結果、紙の書籍の販売数が減っていくと予想される。将来的には、紙の書籍は、高額商品として限定的に出版されるようになるかもしれない。紙の書籍特有の手触りやページをぺらぺらとめくっていくといった感覚は、多少の出費をいとわない、一部の熱心な読者にだけ許される特権的な経験になる。その時、装丁や紙質といった書籍のデザイン要素が今以上に重要な意味を持つはずだ。-----

考え方は非常にまともで正しいのかも知れないが
紙の印刷出版に関わる人が、こういう考え方をされてるととても悲しい。
いつまでも出版したい意思がないように感じてしまう。
(まったく個人的見解として引用させていただきました。)
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「やれやれ」とは、村上春樹氏の小説には頻繁に出てくる。
初期に出てくるようになったのは『羊たちの冒険』。
世の中でこれを口に出してる人はいるのかなぁ。

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最近「やれやれ」と思う回数が増えてる。
あまりいい兆候ではない。
体力=体の代謝があまり活発でなくなってる、気がする。
夜になるとがくんと落ちるし、精神も細かいことに気を遣わず
ちょっとぐらいいいかあ〜。と甘えが多い。
村上氏も常々言ってることが、この「体力」のこと。
走ることで長編を書ける体力がついてるらしい(確かに過酷だ)。

細谷巌さんにしろ岡本太郎さんにしても年表をみると
今の僕たちみたいな年代からでもすごいモノを創っている。

飽き性で体育会系・持久力からはほど遠い僕には
気力、体力、精神力といった「力」をつけることか?
あ〜あ。

(泳いでると、ときどき会う男の人で蛍光イエローの
 ビキニの人がいる(しかも両端は透けてる)けどなんの主張なんだ?)

続けてお正月ネタを。毎年新年の新聞広告を見るのが正月の楽しみ。
年々広告を出すところが減ってきたり、
企画や表現がちょっとずつ残念になってきたりと変わりつつある。
でも、企業や会社関係の姿勢を世間に知らせる広告は華やか。
今年はどうだったのか、いままでは「広告批評」に載ってたのになあ。

毎年出稿が多い[資生堂]は今年も変わらず全国に出ていたのかな?
ここにあるのは福井で見られるごく一部だけどまるで製版や印刷の見本帳のようで
本紙を見比べるとその差はすごくわかる。

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憧れの資生堂が出す広告は昔も今も姿勢や向かうところが明快で
見る側の気持ちをがっかりさせず続けていてくれる。
会社のベクトルがしっかりとどの時代の社員にも受け継がれてるんじゃないかなあ。
(資生堂の社員でも関係者でもないのに偉そうにすいません。)

僕の願いはいつまでもそういう創業当時からの
「文化や社会に対する熱い思い」を『一瞬も 一生も 美しく』続けてほしい。
(これも偉そうにすいません。)

でも今年のお正月広告でハッとさせられたのは
資生堂と「宝島社」の30段(すごいコピー)だけで
思わずエールを送りたくなったので、がんばって続けてください。
ついて行きます。

あけましておめでとうございます。2010

その時体験した記憶っていつも忘れがちなので
やっぱり記録しておくことにした。
年末に行った強行軍東京美術館・ギャラリー9展示めぐり。

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好きな深川東京都現代美術館。
感動した「レベッカ・ホルン」。
気持ちいい不思議さと体を張ったパフォーマンス。
「ラグジュアリー」は歴史を展示する強さとマルタン・マルジェラの遊び。
『贅沢は貧しさの反対語ではなく、下品さの反対語です』(ココ・シャネル)
コレクションに出ていた本物が間近に見られて幸せだった。
コム・デ・ギャルソンの本物も尋常じゃない。
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隅田川沿いタカ・イシイギャラリーの荒木経惟「遺作空2」
現物見られてよかった。
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21_21 DESIGN SIGHT
深澤直人・藤井保 「THE OUTLINE 見えていない輪郭」展
ふたりとも完璧すぎて隙がない。
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森美術館「医学と芸術展:生命(いのち)と愛の未来を探る」
生から死まですべて見せ、深すぎてクラクラして回った。
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下北沢 本田劇場 久々の芝居。
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小田急線 向ヶ丘遊園「川崎市立岡本太郎美術館」
「岡本太郎&対照 佐内正史の写真」
太郎さん、やっぱり勇気と感動と気力をもらえる。
佐内さんの手に取れるプリントも今をそのままに。
一日中いられそうな気持ちいい場所。
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東京都写真美術館 
「日本の新進作家展vol.8 出発6人のアーティストによる旅」
好きなのは石川直樹さんと百々武さん、
さわひらきさんの映像、よかったあ。
「木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン」
この人たちの決して真似できない黒の深さ、
グレーの絶妙な本物のプリントを見た。
コンタクトシート(ベタ焼き)は必見。
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恵比寿 NADiff Gallery「森山大道Around Magazine Work 1965-1974」
モノクロは印刷では表現しきれない。
プリントしないと。(高くて買えないけど)
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東京スカイツリーの建設途中。50年後のAllways風景。

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最近の写真たち。

近頃会う皆さんは、嘆きの連続で
不安や先行きや不況という負のエネルギーが
滞ってる感じでなんとなくイヤだ。
表現手段もしかりだけど、
雑誌BRUTUSが載せてる写真たちは
昔も今も元気をもらえる。(本特集の扉なんか最高!)

できればポジティブにいきたい。
周りからなるべく影響されず何も考えず生きてきたから
いいことだけを考えていきたい。

洋服作りはアナログに進められる。
とても地道に。
人を引きつけ、人を幸せにする。
生地が肌を通して素材を感じるから。
バイヤーも売る人もアナログに接客しスタイリングしていく。

目利きのバイヤーがいなくなって、もう1年以上経った。
「着た人が笑顔でいてくれる事」を願っていたのに。
彼の先見性は抜群で取り入れ方や考えが早すぎたんだと思う。

僕は何を着ればいいのか相談する人がいなくて、冬になると一層悩む。

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最近の個人ブログ以外の
オフィシャルな日記やブログを拝見し
この人はいったい誰に向けて言ってるのだろう。と思う。

自分が面白ければいいのかといえばそれでいいし。
人が興味を持ってるものや昨日何したあれしたなんて
どうでもいいんじゃないかと思うけど。
それでも何か伝えたいものがあれば、伝えたい。そんな感じでいいのかも?

音楽やアートや芸能って自分の中に収まりきれない
何かを届けたり伝えたいと感じてるから
アウトプットしていってるし、表現してる。
出てきたものをやはり見て欲しい感じて欲しいから。

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で、マイケル・ジャクソンの[This is it]を見た。
贅沢なリハーサルドキュメント映画で感動し、楽しめた。
やはり何かを届け繋げようとしている人は、
自分のような凡人には手の届かない存在や希望なのだ。
そこに映ってるエネルギーは表現しがたいほどのもの。

スタッフの人たちはコンサートしたかっただろうな、
無念だと思う。(女性リードギターは格好良かったあ)
不謹慎だろうけどマイケル・ジャクソンが亡くなったから
コンサートをイギリスに行かずともこんな地方の映画館で見られるんだろう。

こうやって活字にすると薄っぺらく
何か伝えられないもどかしさ。
でも、そこには元気いっぱいのマイケルが映ってるのに
どうしてワイドショーなどで伝えられる情報ってウソが多いのか。
情報社会なのになぜ?とふつうに思う。

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バードランドの旗を新調しました。
これが揺れてるときは、とてもおいしいピザが焼けてる気がする。
海に沈む秋の夕日を見るついでに出掛けてはどうでしょう。

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